埴輪と土偶って、パッと見たところ非常に似ていますね。
しかし、使用された時代や使用目的、成り立ちや社会背景が異なり、全く別のものなんです。
今回は、言われると不思議な形をしている埴輪と土偶について紹介します。
埴輪はいつ頃作られ、どんな場所で出てくる?
埴輪は、3世紀後半から6世紀ごろの古墳時代に作られていた土製の焼き物で、日本特有のものです。
古墳から大量に出てくるのですが、葬儀用品の一つ、副葬品と考えられています。
当時の権力者の功績を表しているとされていて、完全な形で出てくることが多いです。
埴輪の形ってどんなものがあるの?
形には大きく分けて2種類あります。
- 円筒埴輪
- 形象埴輪
<円筒埴輪>
丸い筒状で、外側に数本の凸帯があり、何カ所か穴が開いています。古墳では1重から3重くらいの列に並べられていて、表飾りか垣根、境界のような役割をしていたと考えられています。

埴輪と土偶の違いって何?
<形象埴輪>
人の形、盾、鎧、兜、刀、傘、家、椅子、船、馬、犬、猪、鶏、水鳥、鹿、武人、貴人、馬飼い、巫女、農夫、侍女、力士、など多種あります。
古墳の丘頂上に置かれることが多いです。
当時の服装や髪型、農具など、どのような生活をしていたのかが見て取ることが出来ますので、歴史的価値の高いものになっています。

埴輪と土偶の違いって何?
埴輪はどのように作るのか?
それまではまでは野焼きにされ、ススが付いている状態だったものが、5世紀ごろから窯で作られ、「工人」と呼ばれる埴輪職人が手がけていました。
また大量生産も可能で、例えば円筒埴輪だと粘土を平らにし板状にしたものを張り合わせ筒状に巻いて形を作って、釜で素焼きにしていました。
窯の火力は、500度程度と低めだったと推定されています。
土偶はいつ頃作られ、どんな場所で出てくる?
土偶は、約1万3千年前から約2千4百年前の縄文時代の頃に作られていた土製の焼き物です。
集落の跡、縄文人が暮らしていた場所で、意図的に壊された状態のものが多く見つかります。
また、土偶は日本固有のものとされていますが、実はヨーロッパ・西アジア・インドと世界の広範囲に渡って出土しています。
世界最古の土偶は、チェコのドルニ=ヴェストニッツェ遺跡で、約2万6千年前だそうです。
土偶は、儀式や祈りの際に壊していたと考えられていますが、はっきりとした用途や役割については未だ解明されていません。
土偶の形ってどんなものがあるの?
土偶の形には、女性の身体特徴を強調した形が多いですが、初期の土偶は、数センチで顔の表情が乏しく単純な作りのものが多いです。
中期になってくると、大きさも種類も増えてきていることから、技術が進歩してきたと考えられます。
顔つきも表情が豊かになり、女性の身体特徴を表したものが目立ってくるようになります。
後期に土偶の最盛期を迎え、特に東日本での技術発展が進み、より洗練された土偶になってきます。
ハート型土偶、ミミズク型土偶、仮面、遮光器土偶など、独創的な形をした土偶は、後期のものがほとんどのようです。

埴輪と土偶の違いって何?
土偶はどのように作るのか?
土偶には、中身が詰まった状態の「中実」と、中が空洞の「中空」があります。
埴輪の場合は専門家が作っていましたが、縄文時代ではマニュアルなんで存在しませんので、人から伝え聞いたことから想像して作っていたはずですね。
現在は、土偶を焼いてもらえる野焼きイベントや、土偶作りのワークショップもあり、楽しんでいる方も多いですね。
粘土で形を作り、日が燃えているところに形作った土偶を入れ野焼きをします。
火の中に入れて焼くので黒いススが付くのが特徴です。
まとめ
いかがでしたか?
パッと見た感じでは、埴輪と土偶は同じように見えますが、全く別のものだということがわかりました。
権力志向に移り、権力者の功績を見せつけるために作る埴輪と、豊穣や祈り、呪術的な要素のある土偶、社会的背景が違う点が興味深いですね。
まだまだ謎が多い埴輪と土偶。今後新事実が出てくるかもしれないですね。